1.TOKYO AIM取引所の東京証券取引所への統合
TOKYO AIM取引所は、2009年6月、世界最大の新興企業向け証券市場ロンドンAIM をモデルに、東京証券取引所51%、ロンドン証券取引所49%の合弁事業として、東京証券取引所から独立した市場としてスタートしました。2008年12月金融商品取引法改正によって誕生した、日本で初めてのプロ向け国際市場です。TOKYO AIM取引所には、株式市場の「TOKYO AIM」と債券市場の「TOKYO PRO-BOND Market」の2市場があります。
東証グループは、2013年1月1日を目処に大証と合併することを発表しました。この合併により、世界第3位、アジア最大市場(2011年9月末時点)の東証グループに、大証の強みであるデリバティブ市場が加わり、さらなる国際的なプレゼンス向上が期待されます。このような国際化に向けた市場統合の流れの中、TOKYO AIM取引所は、ロンドン証券取引所との合弁を解消し、2012年7月1日を目途に東証に吸収合併されるになりました。なお、運営については、原則現行のまま引き継ぐとしています。以下、株式市場の「TOKYO AIM」と債券市場の「TOKYO PRO-BOND Market」の概要を顧みながら、今後の展望を考えてみたいと思います。
2.株式市場としての「TOKYO AIM」
(1)特徴
1) 国際市場を前提とした制度設計
a. 英文による申請、開示が可能
海外企業の上場を考慮し、申請、開示を英語で行うことができます。規程類も英訳されています。
b. IFRSなどの会計基準の採用が可能
会計基準は、日本基準の他、米国基準、IFRS、その他J-NOMAD等が認めた会計基準であれば採用可能とし、海外企業への対応を考慮した内容となっています。
2) 規制の柔軟性
a. 上場基準に数値基準が無くJ-NOMADの実質的判断による
上場の判断は、取引所が認定したJ-NOMAD(Japan Nominated Advisor)が行います。様々な成長段階にある国々の企業に対して、先進国による画一的な数値基準を当てはめるのではなく、それぞれの状況を考慮したJ-NOMADによる実質的な判断で上場が可能となります。
b. 監査証明は直前年度のみ
上場企業に対するタイムリーな成長資金の供給を重視し、監査証明は、直前期のみとし、他市場に比べ、短期上場が可能です。
c. 内部統制報告書、四半期開示は任意
投資家をプロ投資家に限定することで、自己責任投資が前提とされ、規制がより柔軟な市場となっています。
d. プリンシプルベースの考え方
プロ市場に相応しい市場参加者による自律的な市場秩序の維持を図るため、規程には細かな具体的な条項が少なく、運営にあたっては、各条項の趣旨に沿って、個別のケースに応じた判断を行う方法がとられています。これにより、国際的な多様な案件に対して、実態に合わせた柔軟な運用が可能となります。
(2)上場事例
2011年7月15日、第1号として、医薬品開発のメビオファームが上場しました。TOKYO AIMでは、ノンファイナンスでの上場も可能で、メビオファームは、資金調達を行わない方法で上場しました。上場後は、シンガポール、香港、上海と積極的にIR活動を行い、2012年2月には、スリランカ最大の病院をグループに持つ現地大手企業ナワロカ社との業務提携に成功し、合弁で現地法人を設立しました。この業務提携には、日本での上場会社であるという信用力が大きく貢献したといわれています。
今年5月、第2号として、冷凍菓子製造販売の五洋食品産業の上場が計画されています。上場時、7,650万円の資金調達と2,000万円の売り出しが予定されています。
(3)今後への期待
a. 上場が発展のスタートへ
TOKYO AIMは、企業の成長性に焦点を当てた中長期的な投資が期待される市場です。したがって、上場後、市場で、事業活動がどう評価されるかが重要になります。最近では、海外進出を目指す国内企業が多く、そのような企業は、メビオファームのように、海外での信用力向上のために早期上場を希望することが想定されます。上記のケースでは、むしろ上場後の事業戦略に重点が置かれ、資金調達については、上場後の事業の進捗に応じて、段階的に資金調達を行うことも考えられます。今後、上場が発展のスタートといった案件が増え、TOKYO AIMが、海外展開を目指す国内企業の登竜門となっていくことが期待されます。
b. 取引参加者の拡大
TOKYO AIMの課題の一つに、取引する投資家層の拡大があります。取引が可能な投資家がプロに限定される一方で、TOKYO AIMの取引参加者である証券会社は、現状12社に留まっています。証券市場を活発化するには、取引参加者の拡大も必要だと考えられます。東証との合併により、取引参加者が東証取引会員96社全体に広がり、TOKYO AIMが活性化することが期待されます。
3.債券市場としての「TOKYO PRO-BOND Market」
(1)特徴
2011年5月、TOKYO AIM取引所の中に、国際債券市場として誕生しました。日本国内に、ユーロ市場と比肩する債券市場を構築し、アジア中核市場に発展させることを目的にしています。
1) 国際市場を前提とした制度設計
a. 英文による申請、開示が可能(TOKYO AIMと同様)
b. IFRSなどの会計基準の採用が可能(TOKYO AIMと同様)
2) 規制の柔軟性
a. 簡易な上場基準
上場にあたって必要な条件は、次の2つのみです。
(イ)格付けの取得(格付けランクの制約はありません)
(ロ)TOKYO PRO-BOND Marketが認めた登録リストにある証券会社を主幹事として確保すること
(参考)東証の債券の上場基準
国内債券の場合:発行会社が上場会社であり、未償還額面総額10億円以上、消化件数1,000件以上などの形式基準を満たすこと
外国債券の場合:発行会社が上場会社であるか、又は、時価総額、事業経過年数、純資産、利益額等の形式基準を満し、東証上場審査に準じた審査を通ること
TOKYO PRO-BOND Marketでは、東証の上場基準のように、厳しい基準は要求されないので、幅広く柔軟に多様な案件が取り扱えます。
b. 資金ニーズや市場環境に応じて機動的に起債が行えるプログラム上場が可能
プログラム上場とは、上場時に、起債可能枠を決め、基礎的な情報や財務情報を事前登録し、その後、起債予定範囲内で随時債券を発行することが出来る仕組みです。ロンドンなど海外のユーロ市場では、一般的な社債発行形態で、この仕組みを使うことで、個別の社債発行手続きを迅速化し、発行コストの削減が可能になります。
c. プリンシプルベースの考え方(TOKYO AIMと同様)
(2)上場事例
第1号として、オランダのING銀行が、2012年3月、総額2千億円のプログラム上場登録を行い、2012年4月16日、507億円の資金調達を果たしました。欧州債務問題の経済状況の中で、資金調達先の多様化を図るため、日本で起債したと言われています。
a. 発行会社 |
ING BANK N.V(オランダ) |
b. プログラム上場登録 |
2012年3月30日 |
c. 発行期間 |
2012年3月30日から2013年3月29日 |
d. 発行枠 |
2,000億円 |
e. 第1回社債発行日 |
2012年4月16日 |
f. 第1回資金調達額 |
507億円 |
g. 第1回引受主幹事団 |
バークレイズ・キャピタル・ジャパン、野村証券、SMBC日興証券、大和証券、三菱UFJモルガン・スタンレ証券 |
(3)今後への期待
今回のINGの例のように、海外企業の資金調達先の多様化の一環として、日本が注目されることが期待されます。特に、最近では、人民元の国際化の流れが強く、元建て社債の発行の動きも見られます。
これまで、中国は、海外輸出力を維持するため、管理フロート制のもと、元売り、ドル買い介入を行い、元高を抑制し、その結果、外貨準備高世界第1位になりました。その一方で、日本の増加する中国との貿易決済には、専ら基軸通貨である米国ドルが使われ、コストをかけて、米国ドルを介して行われています。この問題を解決するため、2011年12月25日、日中首脳会談において、円・人民元の直接交換市場の発展支援が合意され、「日中金融市場発展のための合同作業部会」が設置されるという報道がなされました。
人民元は一定の範囲内で管理される管理フロート制のため、実質的な元レートは、現状よりかなり元高と予想されています。仮に、円と元が直接交換可能となった場合、元建て債券発行後、元高に為替レートが修正されると、円換算した貸付金額より償還時の円換算金額の方が多くなり、為替変動の恩恵を受けます。しかし、現状、円と元の交換は、米国ドルを介して行われていますので、米国ドルの為替変動の影響を受け、元高になったからといって、必ずしも手取り金が増えるとは限りません。もし、円と人民元の直接交換市場が創設されれば、元高を見込んだ元建て債券の発行も増えるかもしれません。
このような流れの中、HSBCは、2012年4月18日、中国、香港以外で初めて、ロンドンで元建て社債20億元(約250億円)を発行し、ロンドン証券取引所に上場すると発表しました。日本においても、2011年4月、マネックス証券が、Orixが香港で発行した元建て社債を、日本で初めて個人向けに販売しました。
今後の成り行きに注目したいと思います。
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